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札幌高等裁判所 昭和62年(行コ)8号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  原告代理人は、常呂町長に対する同町長が原告に対してした昭和六〇年一〇月一九日付け米穀小売業許可取消処分の取消しを求める訴えにつき、当審において行政事件訴訟法二一条一項に基づく訴え変更の許可決定を得たうえ「被告は原告に対し金一五五万円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被告代理人は主文同旨の判決及び仮執行宣言を付する場合の担保を条件とする仮執行免脱宣言を求めた。

二  当事者双方の主張は次のとおりである。

(一)  北海道知事(以下「知事」という。)は、食糧管理法八条の三第一項に基づき、米穀小売業を営もうとする者に対する許可権限を有し、常呂町長(以下「町長」という。)は、知事の委任を受けて、常呂町において米穀小売業を営もうとする者に対する許可権限を有するものである。

(二)  町長は、昭和六〇年七月二日原告に対し次のとおりの米穀小売業許可処分(以下「本件許可処分」という。)をした。

(1) 営業所又は販売所の所在地

北海道常呂郡常呂町字常呂四五五番地

(2) 業務を行う区域 常呂町

(3) 許可の有効期間 昭和六〇年七月二日から同六三年五月三一日まで

(三)  町長は昭和六〇年一〇月一九日原告に対し本件許可処分を取消す旨の処分(以下「本件取消処分」という。)をした。

(四)  しかし、本件取消処分は、本件許可処分に何ら取消原因がないにもかかわらずなされたものであるから、違法である。

(五)  原告は、本件取消処分がなされたため、昭和六〇年一一月一日から本件許可処分における許可の有効期間の満了日である昭和六三年五月三一日まで三一箇月間にわたり米穀小売業務を行うことができず、この間右業務を継続していれば得られた筈の利益を失った。

原告は本件取消処分がなされるまで訴外ホクレン農業協同組合連合会から小売業用の米を仕入れて販売していたが、その仕入額は七月から一〇月まで合計三一七万七四七三円であった。小売利益は仕入価格の一六・五パーセントと定められており、右期間の利益は五二万四二八三円となり、一箇月平均は一三万一〇七〇円となる。そうすれば、原告の営業利益は一箇月金五万円、三一箇月で一五五万円を下回ることはない。

(六)  よって、原告は、国家賠償法一条一項に基づき、被告に対し、町長の違法な本件取消処分により被った損害の賠償として金一五五万円の支払を求める。

2 請求原因に対する被告の認否

請求原因(一)ないし(三)の事実は認め、同(四)の主張は争う。請求原因(五)のうち、本件取消処分によって原告がその主張の期間米穀小売業務を行うことができなくなったことは認めるが、その余の事実は否認する。本件許可処分については、許可を行うために必要な区域指定等の手続が欠けていたほか実体的な要件も欠けていたものであるから、原告が本件許可処分によって受ける利益は法的に保護されたものとは到底いい難く、本件取消処分によって営業ができなくなっても、それをもって国家賠償法一条一項にいう損害と解することはできない。

3 被告の抗弁

(一)  本件許可処分は、米穀小売業者でない原告が食糧管理法施行令(以下「政令」という。)五条の一二第三項一号所定の一斉更新の場合としてではなく、新規の米穀小売業の許可申請をしたことに対してなされたものであるが、新規の許可申請に対する許可処分を行うためには、これに先立ち、以下の手続を踏むことが必要である。

(1) 北海道においては、地方自治法一五三条二項の規定に基づき、食糧管理法施行細則(昭和五七年北海道規則三二号、以下「細則」という。)一一条により、米穀小売業の許可を行うこと及び許可に関する事務の一部が北海道知事から市町村長に委任されているが、右許可に先立ち必要となる政令五条の一二第三項二号所定の区域指定を行うことは知事から市町村長に委任されていない(細則第一一条第一号ホ)。

そこで、市町村長は、既存の小売業者以外の者に対して新たに米穀小売業の許可を行う必要があると認めるときは、まず、小売業者の許可を行う必要がある区域に関する意見書を知事に提出することが必要となる。

右意見書の提出を受けた知事は、右区域指定をする必要があるが、その際には、これに先立ち、学識経験者及び関係市町村の長その他の関係者の意見を聴くことを要し(政令六条)、北海道においては、北海道米穀流通適正化協議会運営要領により、地域消費者協会、卸売業者、北海道米穀小売商業組合支部、関係市町村、学識経験者、北海道食糧事務所支所、支庁により構成される地区特別部会の意見を聴くことが要求されている。

(2) また、小売業の許可については、農林水産大臣の定める一定の期日に行うこととされ(政令五条の九第三項による五条三項及び四項の規定の準用、読み替え)、ここにいう農林水産大臣が定める一定の期日については、昭和五七年一月一四日農林水産省告示第六七号の六号が各許可の類型に応じてその期日を明らかにし、政令五条の一二第三項二号の区域の指定により行われる小売業の許可(本件のような一斉更新の場合以外における新規小売業の許可)については、都道府県知事による区域指定の日から六月以内において都道府県知事が定める日としている。したがって、本件米穀小売業の許可においては、都道府県知事による許可日の定めが必要となる。

(3) 更に、都道府県知事は、政令五条の一二第三項二号の区域指定をしたときは、当該区域並びに当該小売業の許可を行う日、当該許可の申請に係る期間及び許可定数を公示するとともに、関係する市町村の長に通知しなければならないとされている(食糧管理法施行規則六一条、以下右規則を「規則」という。)。

(4) 右のほか、政令五条の一二第一項の規定する許可申請者に要求される要件についても、同項五号は、「申請者が米穀を買い受けようとする卸売業者又は卸売業の許可を受けようとする者に対し、農林水産省令で定めるところにより、米穀の買い受けに係る登録の予約をしていること」を要件の一つとして掲げているところ、区域の指定により行われる小売業の許可を受けようとする者に係る登録の予約については、前記告示一五号の二において、許可の申請期間の開始する日前において、知事の定める期間内に行うこととされている。

(二)  ところが、本件においては、町長は、昭和六〇年六月二四日付けで原告からなされた米穀小売業の許可申請について、知事による区域指定、学識経験者等の意見聴取、知事による許可日の定めなど右法令に基づく手続がなされていないのに、昭和六〇年七月二日付けで本件許可処分を行った。

また、本件においては、知事は前記告示一五号二所定の期間を定めていないのであるから、原告及び卸売業者は買受け登録の予約をすることができないものであるにもかかわらず、これをしているのであり、町長は、許可申請に際して原告から提出された米穀の買受け登録の予約の証明書につき不適切と判断すべきであったのに、これをしないで本件許可処分をした。

(三)  前記(一)に掲げる各手続は、消費者や既存小売業者など関係者の利害調整を図るとともに、新たに許可を得たいと考える者すべてに公平に機会を与えるためのものであるから、右手続を踏まずにされた本件許可処分は重大かつ明白な瑕疵があり無効である。

そこで、町長は、本件許可処分は、重大かつ明白な瑕疵があり無効なものであると判断して、昭和六〇年一〇月一九日付けで本件許可処分を取り消した。

(四)  本件取消処分がなされた経緯は以上のとおりであるから、本件取消処分の性格は、本件許可処分の無効を確認し、それを公に宣言した、いわゆる無効の宣言というべきものであって、本件許可処分が無効な行政処分であることを明白にするためのものであるから、これを取り消すとすれば再び無効な行政処分が外形上存在することになる。本件取消処分には何ら取り消されるべき瑕疵はない。

4 抗弁に対する原告の認否

(一)  被告の抗弁はいずれも否認する。

(二)  町長は、原告が法八条の三第二項及び政令五条の一二に規定する各要件を具備するものと認定して本件許可処分をなし、小売業許可証を原告に交付し、原告は右許可証の交付を受けて直ちに営業を開始し、三箇月余の間営業を継続していた。

そして、町長が本件許可処分をした際にした右要件の認定には誤りがなく、明示した理由は客観的事実と合致し、町長が原告に交付した小売業許可証は適式の公文書であって、その形式内容とも違法な点はない。許可権限を有する町長自ら本件許可処分の有効性を確信し、本件許可処分を受けた原告はもとよりのこと取引先である米穀卸商、一般顧客を含め誰ひとりとして本件許可処分が当然無効であるなどという認識あるいは疑念を抱いた者はいないのである。

したがって、本件許可処分に重大かつ明白な瑕疵があって、本件許可処分が無効となるとは到底言えない。そもそも、当然無効の行政行為と取り消しうべき行政行為との区別の実益は主として現行争訟制度に関連するものであって、取り消しうべき行政行為の争訟提起には期間の制限、審査請求前置の制度等の制約があり、当然無効の行政行為の争訟提起には右のような制約を受けないというものであるから、右各争訟提起の場合には当該行政行為がそのいずれに該当するのかの解釈論が厳しくなされるべき実益を持つが、本件におけるように職権で当該行政行為を取り消す場合はこのような区別の概念を入れる余地も実益もない。

(三)  被告が本件許可処分の瑕疵として主張するところは、いずれも瑕疵に該当しないものかあるいは軽微な瑕疵である。すなわち、

(1) 政令五条の九第二項は、「小売業の許可は市町村の区域ごとに、かつ、営業所又は販売所において行う。」と規定し、細則第一一条第一項は、「市町村の区域を越える区域又は市町村の区域を分けた区域を定めること」を知事の所管とするが、そうでない限り許可の事務、権限を市町村長に委任しているから、知事による区域指定は不要である。

本件許可処分においては、小売業許可証に、「業務を行う区域・常呂町」と記載されているとおり、町長による区域指定がなされている。

(2) 政令六条は、都道府県知事が区域指定をしようとするときは、学識経験者及び関係する市町村の長その他の関係者の意見を聴くものとすると定めているが、本件においては、関係する市町村の長である常呂町の町長自身が本件許可処分をしているのであるからその意見は明白であり、学識経験者の意見については事後に聴くことによって手続上補完しえないことではない。現に本件許可処分の効力に影響を及ぼすような学識経験者の見解が存在する事実もない。

(3) 都道府県知事による許可にかかる区域と許可日の公示を欠いたからといって、そのことは本件許可処分の効力を左右する程のものではない。手続の瑕疵によって行政行為の効力が否定されるのは、むしろ被処分者に十分な主張、立証の機会を与えず、適正手続保障の法理に反する場合である。

(四)  以上のとおりであるから、本件許可処分には瑕疵はなく、本件取消処分が違法であることは明白である。

5 原告の再抗弁

(一)  仮に、手続上の瑕疵が取消原因にあたるとしても、本件許可処分を取り消すことは条理により許されない。瑕疵ある行政行為であっても、相手方の信頼の保護とか法律生活の安定の確保とか既成の事実又は法律関係の尊重とかの要請に基づき、一概にこれを無効としたり取り消したりすることのできない場合があり、権利を設定し義務を免除するような行政行為については、直ちにこれを無効または取り消し得るものと解すべきでなく、当該行政行為を無効とし又は取り消すことが他の法律価値よりも大なる法律価値を実現する場合でなければならない。

(二)  原告に対する本件許可処分は許可権限を有する町長が適式の許可証を交付してなしたものであり、その手続過程に何らかの瑕疵があったとしても有効な許可処分があったものと見るべきである。原告は必要な人的物的諸準備を進め、右許可と同時に業務を開始し、三箇月余の間業務を継続してきた。右許可が職権で取り消されるときは原告の既得の権利、利益が侵害されることになる。そうであれば、本件許可処分に基づいて原告が米穀小売業務を続けることが著しく公益を侵害し、右許可を取り消さなければ公益の維持が困難であると認めるべき事情がなければ、本件許可処分を取り消すことはできないものである。

(三)  食糧管理法は昭和一七年に制定されたものであるが、制定当時の食糧事情に比べ現在のそれは全く変貌し、国民の米の買入れは自由化し、米穀小売業者に関する規制についても諸規定はほとんど空文化しており、米穀は事実上自由販売に等しい。町長が本件許可処分をしたのは「常呂町内の小林小売店が南町の小売店に業務承継してしまい、栄町以西地域に米穀小売店がなくなって地域住民に不便を生じたためその解決の必要にせまられた。」という公益的配慮に出たものであった。原告も町長及び地域住民の要請に応えるべく十分の準備を整えたうえ本件許可処分を受けて直ちに営業を開始した。

原告に対する本件許可処分がされたのは、右許可理由のとおり、もとこの地域で営業していた小林商店が営業をやめたので、それに替わる営業所を設置するためになされたものであるから、原告が営業しても営業所数は従来と同じであり、既存営業所の担当消費者数の減少が余儀なくされるとの議論は当たらないし、仮に既存業者に収入の減少があるとしても、その金額は僅かであるから現実的な議論とは言い難い。その程度の増減は業者の数の変動がなくても起こり得ることであり、営業の努力次第で解消できるものである。特にほとんどの業者が兼業の業者である現状では尚更である。

新規参入希望者に機会均等を確保する必要性を欠いたとの点については、許可を受けた原告が営業を継続することによって生じる著しく公益に反する結果とは論理的に結びつかない。

したがって本件許可処分を維持することが公益に反する事由など存在する余地がない。

6 再抗弁に対する被告の認否及び主張

(一)  原告の再抗弁は争う。

(二)  本件取消処分は、さきに主張したとおり、有効に成立した行政行為に瑕疵があることを理由としてなされたものではなく、初めから行政行為の内容に適合する法律的効果を全く生じない無効な行政行為につき、その無効を確認し、公に宣言する意味でなされたものであるから、かかる取消処分には、条理による制限は存しないものというべきである。

仮に、無効宣言の意味での取消に条理による制限が働くとしても、この制限が働くのは、処分後長期間を経過し、それを無効とすることによって相手方の信頼を裏切り、法律生活の安定を害し、公共の福祉に重大な影響を及ぼす場合であり、本件のように、処分後三箇月余りしか経過していないような場合にこの制限が働くことはない。

また、仮に原告主張のとおり条理が適用されるとしても、本件許可処分の取消しには、その取消しによって受ける原告の不利益をはるかに上回る公益の必要性がある。

すなわち、知事による区域指定の要件は政令五条の一二第三項の二のイにおいて「人口の増加等が農林水産省令で定める基準に該当する区域で都道府県知事が農林水産省令で定めるところにより米穀の適正かつ円滑な供給を確保するため営業所に係る小売業の許可を行う必要があると認め」られる場合であるとされ、これを受けて同法施行規則五七条において具体的基準が定められている。そしてこの要件が認められない限り米穀小売業者の新規参入を許可しないことによって、既存の米穀小売業者を過当競争から保護し、その結果消費者に対する米穀の適正かつ円滑な供給を確保しようというものである。

本件許可処分当時常呂町を指定区域とする既存業者による営業所は一一あり(原告主張の小林小売店は当初の店が老朽化したため、昭和五八年三月一日、さほど離れていない有限会社佐藤商店の営むスーパーマーケット内に店舗を移して営業していた。その後小林商店が営業を廃止することになったため、右佐藤商店が小林商店の債権債務を承継して、米穀小売業の許可を受け、引き続き右スーパーマーケット内で営業しているものである。)、消費者人口は五八二一人であったから、一営業所当たりの消費者数は五三四人にすぎなかった。右はすでに右規則五七条に定める基準に達しないものである。また当時は過疎化が進み、年々消費者人口が減少する傾向にあった。このことは既存の業者間においてかなりの過当競争状態になっていたことを意味する。

右のような状況の下では、本件許可処分がもたらす既存業者への影響は重大であり、これを取り消さなければ、既存の業者の営業存続自体が危うくなり、ひいては消費者に対する米穀の適正かつ円滑な供給に重大な支障が生じていたものと考えられる。

原告は昭和六〇年七月当時常呂町においてスーパーマーケットを経営していたものであって、その一角を米穀の売場に当てたにすぎず、米穀の小売を開始するに当たって格別の設備投資はしていない。また原告は米穀をかなり廉価で販売していたので、その販売利益は少なかったものと推測される。そのうえその利益は無効な行政行為である本件許可処分に基づくものであるから、適法な許可を受けている既存業者の得る利益と同等に考えることはできない。

また、本件許可処分は、希望者全員にその申請をさせるべき所定の手続もとられておらず、したがって、本件許可処分の取消しには、これにより原告の受ける不利益をはるかに上回る公益の必要性があった。

三  証拠関係〈省略〉

理由

一  原告主張の請求原因(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件取消処分の適否について検討する。

1  本件許可処分は、米穀小売業でない原告が政令五条の一二第三項一号所定の一斉更新の場合としてではなく、米穀小売業新規参入の許可申請をしたことに対してされたものであることは、弁論の全趣旨から明らかであるが、関係法令によれば、右許可処分を行うためには、これに先立ち、以下の手続を踏むことが要求されている。

(一)  北海道においては、地方自治法一五三条第二項の規定に基づき、細則第一条により、米穀小売業の許可を行うこと及び許可に関する事務の一部が北海道知事から市町村長に委任されているが、米穀小売業の新規参入の許可に先立ち必要となる政令五条の一二第三項二号所定の区域指定を行うことは知事から市町村長に委任されていない(細則第一一条第一号ホ)。

そこで、町長がかかる申請に対して許可をするには、政令五条の一二第三項二号の規定する都道府県知事による区域指定のなされていることが前提として必要である。そして、都道府県知事が区域指定をしようとするときは、政令五条の一二第三項二号の事項に関し学識経験者及び関係市町村の長その他の関係者の意見を聴くものとすると定められている(政令六条)。この点について、〈証拠〉によれば、北海道においては、食糧管理法の一部改正に伴い昭和五七年七月に改正された北海道米穀流通適正化協議会運営要領により、地域消費者協会、卸売業者、北海道米穀小売商業組合支部、関係市町村、学識経験者、北海道食糧事務所支所、支庁により構成される北海道米穀流通適正化協議会地区特別部会の意見を聴くことが要求されていることを認めることができる。

(二)  また、小売業の許可については、農林水産大臣の定める一定の期日に行うこととされ(政令五条の九第三項による五条三項及び四項の規定の準用、読み替え)、ここにいう農林水産大臣が定める一定の期日については、昭和五七年一月一四日農林水産省告示第六七号の六号において、各許可の類型に応じてその期日を明らかにし、政令五条の一二第三項二号所定の区域指定により行われる小売業の許可については、都道府県知事による区域指定の日から六月以内において都道府県知事が定める日を農林水産大臣が定める一定の期日としている。したがって、本件米穀小売業の許可においては、都道府県知事による許可日の定めが必要となる。

(三)  更に、都道府県知事は、政令五条の一二第三項二号所定の区域指定をしたときは、当該区域並びに当該小売業の許可を行う日、当該許可の申請に係る期間及び許可定数を公示するとともに、関係する市町村の長に通知しなければならないとされている(規則六一条)。

(四)  政令五条の一二第一項の規定する許可申請者に要求される要件について、同項第五号は、「申請者が米穀を買い受けようとする卸売業者又は卸売業の許可を受けようとする者に対し、農林水産省令で定めるところにより、米穀の買受けに係る登録の予約をしていること」を要件の一つとして掲げているところ、区域の指定により行われる小売業の許可を受けようとする者に係る登録の予約の場合については、前記告示の一五号二において、許可の申請期間の開始する日前において、都道府県知事が五日以上の期間を設けて定める期間内に行うこととされている。

2  これを本件についてみると、〈証拠〉によれば、本件許可処分に先立ち、知事による区域指定がなされておらず、その前提としての地区特別部会における審議、区域指定を前提に行われるべき知事による許可を行う日の定め、当該区域並びに当該小売業の許可を行う日、当該許可の申請に係る期間及び許可定数の公示もなされていないこと、また、本件許可の申請に先立ち申請者に要求されている要件についてみても、知事が米穀の買い受けに係る登録の予約をなすべき期間を定めていないことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

3  したがって、本件においては、原告の許可申請が適式のものではなく、また、許可に先立ち要求される知事による区域指定及びそれに伴う手続がなされていなかったのであるから、町長は、原告に対して米穀小売業の許可処分を行うことはできないはずであったにもかかわらず、本件許可処分を行ったものということができる。

ところで、新たに米穀小売業の許可を受けようとする場合について、関係法令が、前記のように都道府県知事による区域指定がなされていることを前提とし、それに伴う手続を整備しているのは、消費者に対する米穀の適正かつ円滑な供給を確保するうえで、その地域における既存業者等の利害関係人との利害の調整を図ることが必要であり、また、新たに米穀小売業の許可を受けることを希望するすべての者に対して、その機会を公平に与えることが必要であるとの見地に基づくものとされる。

先にみた本件許可処分の瑕疵は、右許可処分手続の根幹に関わるものであって、米穀小売業の許可についての法制の趣旨に照らしてみると、重大でかつ明白なものであるものということができるから、本件許可処分は無効なものといわざるをえない。

そして本件許可処分が無効なものである以上、町長がなした本件取消処分は、本件許可処分の無効を確認し、公に宣言したものとして、それには何ら瑕疵はないものということができる。

三  原告は、本件許可処分を維持することは公益に反しないし、これを取り消すことは条理等に照らし許されない旨主張するところ、右主張は、本件許可処分が当然無効なものではなく、取り消し得べき瑕疵を帯有するにすぎないものであることを前提とする点においては、既に採用し難いものというべきであるが、右主張内容を実質的に検討しても、本件許可処分を維持することが公益に反しないものと認めることはできない。

すなわち、〈証拠〉によれば、昭和六〇年当時、常呂町を指定区域とする既存の米穀小売業者による営業所は一一箇所あり昭和六〇年四月一日当時の常呂町の消費者人口は五八二一人であったから、一営業所当たりの平均担当消費者数は五二九人にすぎなかったこと、原告は常呂町の中心部の市街地に営業所を設けたものであるが、当時常呂町の中心部には七箇所の営業所があり、中心部の消費者人口は四七七九人であったから、右七営業所の平均担当消費者数は六八三人であったことが認められるところ、これは成立に争いのない乙第八号証の三、原本の存在及び成立に争いのない乙第八号証の一によって認められるところの昭和六〇年四月一日現在の全道平均の一営業所当たりの消費者数一三七一人と比較して、はるかに下回る数であり、規則五七条に定める基準一五〇〇人をはるかに下回るものである。

また、〈証拠〉によれば、昭和六〇年当時の常呂町中心部の消費者一人当たり平均の米穀の年間消費量は約八〇・四キロであり、米穀小売によるマージンは平均一〇キロ当たり約七〇〇円であったことが認められるから、これにより算定すると、当時の常呂町中心部の一営業所が取得する平均の年間マージンは約三八四万円余になるが、これは必ずしも高額とは言えない。

右事実によれば、常呂町、特に中心部における既存の米穀小売業者の間においては過当競争の状態にあったことがうかがわれる。したがって、このような中で原告が米穀小売業を新たに始めること(原告は小林商店が廃業したため、それに替わる営業所を設置するために原告に対する許可がなされたものであるから、営業所数の変更はない旨主張するが、〈証拠〉によれば、佐藤商店が小林商店の営業を引き継ぎ、米穀小売業の許可を受けて、小林商店が営業していた場所と同じ場所で営業を続けていることが認められるから、原告が営業することにより営業所は一箇所増えることになる。)は更に過当競争をあおることになるものと認められる。

〈証拠〉によれば、原告は当時常呂町の市街地でスーパーマーケットを経営しており、本件許可処分を受けた後本件取消処分がなされるまで三箇月余の間、そのスーパーマーケットで米穀小売業を行い、この間に七〇七四キロの米穀を販売したこと、原告はその経営するスーパーマーケットで米穀小売業を行ったものであるから、米穀販売の営業所のための設備をとりたてて新たに準備したわけではないことが認められる。

以上の事実によれば、本件許可処分が維持されることにより常呂町における米穀の適正かつ円滑な供給が害される不利益は、本件許可処分が取り消されることにより原告の被る不利益に比してはるかに大きいものであるから、本件許可処分を維持することは公益に反するものといわなければならない。それゆえ、本件許可処分を取り消すことが条理等に照らして許されないとする原告の主張は採用することができない。

四  以上によれば、本件取消処分は適法なものというべきであるから、これが違法であることを前提として被告に対し損害賠償を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤浩武 裁判官  竹江禎子 裁判官 成田喜達)

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